聞書記事 其の二
線が語る、日本の美
―― 紙切りという表現をめぐって
── 本日は、紙切りという芸について、じっくりお話を伺える時間をいただきました。まず、楽一さんにとって「紙切り」とは、どのような表現なのでしょうか。
楽一
紙切りは、何かを描くというよりも、
「線を選び続ける行為」だと思っています。
一度切った線は戻らない。だからこそ、どこまで削ぎ落とせるかを、常に自分に問い続けることになる。
── 足すのではなく、減らす表現ですね。
楽一
はい。完成形を作るというより、
もともとそこに在る形を、そっと浮かび上がらせる感覚に近い。
日本の芸には、そうした姿勢が自然に息づいている気がします。
── 楽一さんの作品には、静けさがあります。
楽一
派手さや技巧を前に出しすぎると、線が濁る。
上手く見せようとした瞬間に、日本的ではなくなる気がしていて。
線は、あくまで控えめでありたい。
── その控えめさが、「余白」を生んでいる。
楽一
余白は、何もない場所ではありません。
見る人が入り込むための空間です。
線を最小限にすることで、その余白が呼吸を始める。
── 美術の文脈で見ると、その態度は非常に現代的です。
楽一
情報が多すぎる時代だからこそ、
一本の線に戻る必要があるのかもしれません。
語りすぎず、説明しすぎない。
その曖昧さを許すところに、日本文化の豊かさがある。
── 「日本的な美」とは、どこに宿ると思われますか。
楽一
「足るを知る」ことだと思います。
これ以上切らなくていい、と手を止める勇気。
そこに品格が生まれる。
── 紙切りは、完成した形だけでなく、切られていく時間も含めた表現ですね。
楽一
そうですね。
線が生まれる一瞬一瞬に、集中と緊張がある。
その時間そのものが、作品の一部です。
── 作品を前にすると、理由は分からなくても、どこか懐かしさを覚えます。
楽一
説明されなくても、感覚として立ち上がるものがあればいい。
紙切りが、芸を超えて、日本文化の記憶にそっと触れる瞬間だと思います。
── 最後に、紙切りを通して、何を手渡したいとお考えですか。
楽一
何かを理解してもらおうとは、あまり考えていません。
線を見て、少し呼吸が整う。
その程度の静けさを感じてもらえたら、それで十分です。
── 線が、文化を語る。
楽一
語りすぎず、黙りすぎず。
そのあわいに立つ線でありたいですね。


