インタビュー記事でございます
鋏一本で時代と向き合う
紙切り芸と「生きている伝統」
伝統は保存されるものではなく、出会いの中で更新され続けるもの。
寄席の高座で一枚の紙と鋏を手に、客席の声に応え続ける紙切り・林家楽一。その芸の現在地と可能性を、現場主義を信条とする伝統文化研究家・小野寺文がひもとく。芸と研究、演じる者と見つめる者――二つの視点が交差することで立ち上がる、〈いま〉の伝統文化の姿とは。
「切る」ことで立ち上がる時間
紙切りを初めて拝見した時、完成した作品だけでなく、切っている“時間”そのものが芸だと感じました。
楽一:紙切りは結果より過程を見せる芸ですね。お客様の声や場の空気を受け取りながら、刃先で応えていく。そのやり取りがそのまま高座の時間になる。
完成品は記念として残りますが、同じものは二度とできない。
楽一:注文も、間も、客席の温度も毎回違います。だから同じ題でも、切り口も表情も変わる。それが寄席芸の面白さだと思います。
師から受け継ぐ「型」と「自由」
伝統芸能というと「型」のイメージが強いですが、紙切りには即興性があります。
楽一:基本の型や所作、鋏の運びは師匠から学びます。ただ、型を身につけた先にあるのは自由です。お客様の一言で全く違う方向に行くこともある。
守ることで初めて壊せる、という感覚に近いですね。
楽一:まさに。伝統は固定されたものではなく、更新され続けるものだと思っています。
現代社会と紙切り芸
最近は福祉施設や学校、海外公演など、寄席以外の場でも紙切りを拝見します。
楽一:言葉に頼らない芸なので、年齢や国籍、障害の有無を超えて楽しんでもらえる。形が立ち上がる瞬間の驚きは万国共通です。
文化芸術が社会とつながる実践ですね。
楽一:高座で磨いた芸を社会に還元できるなら、それも現代の芸人の役割だと思います。
「伝える」ことの責任研究の立場から見ると、芸人が自ら語る言葉もまた文化資料です。
楽一:そう言われると身が引き締まります(笑)。でも、難しいことを語るより、まずは観てもらうこと。面白い、きれい、すごい――その入口が大事だと思っています。
体験があって初めて、背景に興味が向く。
楽一:はい。紙一枚から広がる世界を、次の世代につないでいけたら。
記録と記憶――残すこと、残らないこと
研究の立場からすると、芸をどのように記録するかは常に悩ましい問題です。
楽一:紙切りは特にそうですね。作品は残りますが、その場の空気ややり取りまでは残せない。
だからこそ、観た人の記憶が重要になる。
楽一:はい。お客様の心に残った一瞬が、次の誰かに語られていく。それも継承の一つだと思っています。
これからの紙切り
最後に、今後の展望を教えてください。
楽一:寄席の高座を大切にしながら、紙切りの可能性を広げていきたい。伝統を守ることと、新しい場所へ出ていくこと。その両立を続けていければと思います。
伝統が「現在形」であることを、今日は改めて実感しました。
楽一:ありがとうございます。これからも、鋏一本で時代と向き合っていきます。
取材・構成:小野寺 文
小野寺 文(おのでら あや)
伝統文化研究家
日本の伝統芸能・民俗芸術を専門とする伝統文化研究家。
特に、落語・色物芸における即興性や観客との関係性、現代社会における伝統芸能の役割について造詣が深く、講演・トークイベント・インタビュー協力なども多数。
近年は福祉施設や教育現場、地域文化事業における伝統芸能の活用にも関心を寄せ、文化と社会をつなぐ実践的な研究を続けている。「伝統は保存されるものではなく、使われ、更新され続けるもの」という視点から、分かりやすい語り口で伝統文化の魅力を発信している。

